貯金における我が家の問題点。

うちは結婚して約1年弱ですが、毎月貯金はできていない状況です。

結婚を機に、主人の職場の近くに引越した為、私は通勤が困難となり正社員で勤めていた会社を退職、無事に結婚式を終えてぼちぼち新居の近くで新しく仕事でも始めようかと思っていた矢先の妊娠発覚という流れで、失業手当も貰えずに主人の収入のみで生活しています。

毎月カツカツ又は赤字である原因として、うちの場合は固定支出の多さがあると思います。主人の収入は決して少ないという訳ではないと思いますが、そこから毎月家賃・光熱費・2人分の携帯代・車のローン、維持費・奨学金の返済・主人の独身時代の買い物の分割ローン・住民税・妊娠における医療費を支払っているので、夫婦2人の支出としては平均より多めだと思います。

特に、妊娠したことによる医療費はなかなかの負担になっていて、うちの場合胎児がずっと逆子ということもあって他の妊婦さんが2週に1度程度の検診のところを5日に1回程度通っていてそれが保険適用にならずに自己負担など、ちょこちょこと医療費が痛い出費になっています。

無事に産まれてくれればそれはそれで良いのですが、ここまで医療費がかかるとは思っていなかったということは事実です。

月々の収支が赤字になるときは、元々お互いが結婚前にしていた貯金を切り崩して生活していますが、その貯金ももうそろそろ底をついてしまいそうなので、私は出産後少し落ち着いたら何かしら職場復帰をして、家計を助けないといけないな~と思っています。一応何かあったときのために専業主婦が持つことのできるクレジットカードは常にお財布の中に入れています。※専業主婦クレジットカード

検診のときでも急な検査だったりがあるとすぐに金額は跳ね上がってしまいますので、そのときに給料日前とかで現金が無い時もあるのでそういった時ように一応持っています。

やはり子どもが産まれることで、これからかかるお金も増えていくだろうし、月々少しずつでも貯金ができることは精神的にも良いと思うからです。このご時世、何があるかわからないので、貯金はできるだけ多くあった方がいいという点では夫婦の認識は共通しているので、あとは私の体力次第で育児と両立させながら頑張っていこうと思います。

支出が減らないのであれば収入を増やすしかないですもんね・・・頑張ろうと思います!!

 

持ってないと心配なので借りてしまう病。

お金の管理が得意か不得意かと聞かれればどちらかと言うと得意かもしれない。余計なものはあまり買わないし、人気の商品に飛びつかない性格なのですごい散財するということが少ないと思う。

今までにお金に困ったっていう経験をしたのは不妊治療をしていた時だ。まだ結婚したばかりでお互いに貯金もなく、子作りを始めたのですが、なかなかできなくて、病院で検査をすると私の方に不妊の原因があり、不妊治療を余儀なくされた。その時にどれだけの費用が掛かるのか大体聞いたのですが、到底貯金で支払っていくことができず。。。だからといって子供を諦めることができなかったので、不妊治療を開始した。さすがに貯金も底をついてきたので不妊治療のお金がない状態になりローンを組んだ。※不妊治療をするお金がない

ローンを組みながらの治療でやっと一人目を授かり、兄弟を作ってあげたいと思い二人目を作り始めたときは結構すぐに妊娠をすることができたのでローンが増えることはありませんでした。

子供も二人大学に行かせ、高級取りではない主人の稼ぎと私のパートで家も買えた。
ただし、私は家計に関しては実は、すごい失敗をしている人なのではないかと感じる。実は、手元にまとまったお金がないと安心できないタイプなのだ。例えば車を買うとして、実は手元に払えるぐらいの貯金があるとする。
でも、車は安いものではないのでそれを即金で払ってしまうとかなりの貯金額か減ってしまうことになる。
手元に残るお金か減ることへの不安や
貯金が減ってしまうことのさみしさで
払えるお金があるにもかかわらずローンを組んでしまったことも一度や二度ではない。結局、いま、銀行に預けている金利と借りているローンの金利はどう考えてもローンの方が高く結局、安く買っても金利分で高いものになっている。

それでも、何かあった時のために置いておかなければと同じ選択を繰り返してしまうのだ。一般の方はローンを背負うことにすごい抵抗があるのできっと今お金があれば一回で払うことを選択すると思う。
その決心が中々できない。
そういった意味できっと払わなくても良いお金をかなり払い続けてきたような気もする。だから実は、家計管理は得意とはいえないかも。本当に得意な人はその時その時で安くできる方法を選択するはずだから。
そろそろほんとに借金がしんどい年齢になってきた。
考え方をかえてできるだけローンを組まない生活をしたいと思う。

 

私は子供への愛情だけは誰にも負けない。

他人がどう見ようと気にしない。障害のある子には愛情が一番大事です。
私の長男は発達障害です。今はまだ社会の理解も発達障害には進んでいないようです。

そのため子供の時に甘やかしたからこうなったのだと言う私の兄弟もいます。
長男は知的障害でもなく自閉症でもありません。しかし他人とのコミュニケーションがうまくとれないのです。

長男は今41歳です。私も主人ももう30年余悩んで来ました。
保育園に入園する少し前から他人とのコミュニケーションがうまくとれない子供だと言う事に気がつきました。

当時は発達障害などと言う言葉は知りませんでしたが私達夫婦が相談に行った各種の施設でも発達障害と言う言葉は聞いたことがありませんでした。色々なところへ何年も相談に行きました。

その後も子供の状態に変化はなく学力は当然下位でしたが運動会等の学校行事はいやなようでした。
小学校へは行くものだと思っていたのでしょう3年生くらいまでは休みなく通っていました。

しかし同級生の親が主人の友達でうちの子供がいじめられている事を主人に告げそれを知りました。
長男のコミュニケーション能力に進歩はみられずそのうちに学校へ行くのを嫌がり始めました。登校拒否がはじまったのです。

私たち夫婦は当時無理に行かせてはいけないという知識もなく強引に私が連れて行きました。
当時は今ほどいじめとか登校拒否という事がメディアの記事になる事もなく私達夫婦も勉強不足でした。

私は自分の兄弟にも何か方法があるだろうなどと言われるくらい無知でした。
その頃小学校の担任の先生から特殊学級へ移ってみたらという提案を頂きました。

そこで先生のせっかくの提案ですからそうすることにしました。
先生のおっしゃるには勉強は普通学級でするけれども給食とか学級会、学芸会は特殊学級でしてみて初めは様子を見て長男の希望に沿って変えて行きましょうというお言葉でした。

私も主人もそうする以外にないなと言う結論に達しお願いしました。
私はその頃から他人の言う事は気にしないと言う気持ちでやらなければいけない。主人もだんだん発達障害について勉強するようになりました。

長男は繊細な子ですから主人がやさしい言葉を掛けると多分今までと違うと感じたのでしょう。
この頃から主人を避けるようになりました。

それは今でも続いているように私には見えます。主人も後悔しています。
長男の特殊学級での生活はだんだん特殊学級にいる時間を増やして頂くと登校拒否が減って来ました。
長男の心に少しずつ学校での居場所が出来てきたのでしょう。

中学も特殊学級でとお願いしました。休みことなく通学しました。
私は合唱が趣味でもう40年以上同じ合唱団で週1回歌っていますがどうしても心がくじけて休む事もありましたが、やめようと思ったことはありません。

長男が特殊学級へ移ってからも小学校在学中は音楽会で父母の合唱のピアノ伴奏をやらせていただきました。
正直辞めようと思いましたが特殊学級へ移る前からしていたことなので今辞めることは自分に負けることだと考え続けました。

高校は地域で余り評判の良くない高校へ推薦でいれて頂きました。高校へは通学しましたが友達は勿論出来ず毎日同じ時間に帰って来ました。

3年生の秋になって就職の相談会が高校で行われ私が行きました。
担任の先生は近くの食品会社を推薦してくれました。面接が行われ合格となりました。

私達夫婦は高校に受かった時と同じくらいうれしかったのを覚えています。その会社は3年間続きました。
ただコミュニケーションがうまくいかずいじめもあったようで行かなくなりました。

いじめたと言う人が誤りに来ましたが原因はいじめではないのを私はわかっていました。

本人は働かなければと言う気持ちはありハローワークの紹介であちこちの会社を転々としましたが長続きしませんでした。

私達夫婦は無理に働けと言ったことはありません。
10年くらい前から面接を受ける事もなくなり自宅にこもるようになりました。

スーパーへ買い物に行くことの他に余り外出することはありません。
高校の時夜間マラソンと言うのがありましてそれが気に行ったのか年に数回ある県主催の長距離マラソンに参加しています。

私はこの子の将来を考えると心配ですが料理を教えたりしています。
社会のシステムも教えたいのですが初めての人と話をする事が出来ませんので市役所等での手続きは自分で出来るようになるとは思えません。

兄弟は3人ですが他の兄弟は他県にいますしいつからか話もしなくなりました。

長男は高校の頃少し暴れた事もありますが今は情緒的には安定しているようです。
私はこれでいいと思っています。主人も同じだと思います。昨年から夫婦で旅行へも行くようにしました。

主人の母の介護もありますが私の人生もあります。
なにも臆することなく自分の人生を自分から元気を出して楽しんで過ごして行こうと実行しています。