私は子供への愛情だけは誰にも負けない。

他人がどう見ようと気にしない。障害のある子には愛情が一番大事です。
私の長男は発達障害です。今はまだ社会の理解も発達障害には進んでいないようです。

そのため子供の時に甘やかしたからこうなったのだと言う私の兄弟もいます。
長男は知的障害でもなく自閉症でもありません。しかし他人とのコミュニケーションがうまくとれないのです。

長男は今41歳です。私も主人ももう30年余悩んで来ました。
保育園に入園する少し前から他人とのコミュニケーションがうまくとれない子供だと言う事に気がつきました。

当時は発達障害などと言う言葉は知りませんでしたが私達夫婦が相談に行った各種の施設でも発達障害と言う言葉は聞いたことがありませんでした。色々なところへ何年も相談に行きました。

その後も子供の状態に変化はなく学力は当然下位でしたが運動会等の学校行事はいやなようでした。
小学校へは行くものだと思っていたのでしょう3年生くらいまでは休みなく通っていました。

しかし同級生の親が主人の友達でうちの子供がいじめられている事を主人に告げそれを知りました。
長男のコミュニケーション能力に進歩はみられずそのうちに学校へ行くのを嫌がり始めました。登校拒否がはじまったのです。

私たち夫婦は当時無理に行かせてはいけないという知識もなく強引に私が連れて行きました。
当時は今ほどいじめとか登校拒否という事がメディアの記事になる事もなく私達夫婦も勉強不足でした。

私は自分の兄弟にも何か方法があるだろうなどと言われるくらい無知でした。
その頃小学校の担任の先生から特殊学級へ移ってみたらという提案を頂きました。

そこで先生のせっかくの提案ですからそうすることにしました。
先生のおっしゃるには勉強は普通学級でするけれども給食とか学級会、学芸会は特殊学級でしてみて初めは様子を見て長男の希望に沿って変えて行きましょうというお言葉でした。

私も主人もそうする以外にないなと言う結論に達しお願いしました。
私はその頃から他人の言う事は気にしないと言う気持ちでやらなければいけない。主人もだんだん発達障害について勉強するようになりました。

長男は繊細な子ですから主人がやさしい言葉を掛けると多分今までと違うと感じたのでしょう。
この頃から主人を避けるようになりました。

それは今でも続いているように私には見えます。主人も後悔しています。
長男の特殊学級での生活はだんだん特殊学級にいる時間を増やして頂くと登校拒否が減って来ました。
長男の心に少しずつ学校での居場所が出来てきたのでしょう。

中学も特殊学級でとお願いしました。休みことなく通学しました。
私は合唱が趣味でもう40年以上同じ合唱団で週1回歌っていますがどうしても心がくじけて休む事もありましたが、やめようと思ったことはありません。

長男が特殊学級へ移ってからも小学校在学中は音楽会で父母の合唱のピアノ伴奏をやらせていただきました。
正直辞めようと思いましたが特殊学級へ移る前からしていたことなので今辞めることは自分に負けることだと考え続けました。

高校は地域で余り評判の良くない高校へ推薦でいれて頂きました。高校へは通学しましたが友達は勿論出来ず毎日同じ時間に帰って来ました。

3年生の秋になって就職の相談会が高校で行われ私が行きました。
担任の先生は近くの食品会社を推薦してくれました。面接が行われ合格となりました。

私達夫婦は高校に受かった時と同じくらいうれしかったのを覚えています。その会社は3年間続きました。
ただコミュニケーションがうまくいかずいじめもあったようで行かなくなりました。

いじめたと言う人が誤りに来ましたが原因はいじめではないのを私はわかっていました。

本人は働かなければと言う気持ちはありハローワークの紹介であちこちの会社を転々としましたが長続きしませんでした。

私達夫婦は無理に働けと言ったことはありません。
10年くらい前から面接を受ける事もなくなり自宅にこもるようになりました。

スーパーへ買い物に行くことの他に余り外出することはありません。
高校の時夜間マラソンと言うのがありましてそれが気に行ったのか年に数回ある県主催の長距離マラソンに参加しています。

私はこの子の将来を考えると心配ですが料理を教えたりしています。
社会のシステムも教えたいのですが初めての人と話をする事が出来ませんので市役所等での手続きは自分で出来るようになるとは思えません。

兄弟は3人ですが他の兄弟は他県にいますしいつからか話もしなくなりました。

長男は高校の頃少し暴れた事もありますが今は情緒的には安定しているようです。
私はこれでいいと思っています。主人も同じだと思います。昨年から夫婦で旅行へも行くようにしました。

主人の母の介護もありますが私の人生もあります。
なにも臆することなく自分の人生を自分から元気を出して楽しんで過ごして行こうと実行しています。